東京地方裁判所 昭和43年(特わ)882号 判決
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【説明】
脱税事件においては所得の帰属が事実認定上の重要な争点となることが少なくない。本件は、貸金業を営む会社の法人税ほ脱事件であるが、同会社はその設立前にその代表者個人が経営していた貸金業を法人成りしたものであつたことから、脱税に係る所得が同会社に帰属するかその代表者個人に帰属するかが争われた。裁判所は、同会社の設立経緯、確定申告及び貸金業の届出状況、裏資金の管理・運用及びその経理処理の状況、被告人の捜査段階における供述等諸般の事情を勘案して右所得は会社に帰属すると認定したものであるが、この種事件の処理に参考になると思われるので紹介した次第である(なお、所得の帰属が問題となつた例としては、大阪地判昭56.7.20本誌四五〇号一六三頁がある)。
【判旨】
(罪となるべき事実)
被告会社松本祐商事株式会社は、東京都中央区日本橋一丁目一四番一号に本店を置き、貸金業等を目的とする資本金四、二五〇万円の株式会社であり、被告人松本祐正こと李承魯は、右会社の代表取締役として右会社の業務全般を統括していたものであるが、被告人李は、被告会社の業務に関し法人税を免れようと企て、貸付金の受取利息、割引手形の受取割引料、いわゆる協力預金の謝礼金等の一部または全部を除外して簿外預金を蓄積する等の方法により所得を秘匿したうえ
第一 昭和三九年一〇月一日から同四〇年九月三〇日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が一億七、九三〇万九、一八五円(内訳は別紙(一)修正損益計算書のとおり)あつたのにもかかわらず、昭和四〇年一一月三〇日、同都中央区日本橋堀留町二丁目五番地所在の所轄日本橋税務署において、同税務署長に対し、所得金額が四、七六五万二、六四五円でこれに対する法人税額が一、七四二万五、九三〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もつて不正の行為により同会社の右事業年度における正規の法人税額六、六一三万八、九〇〇円(計算は別紙(三)税額計算書のとおり)と右申告税額との差額四、八七一万二、九七〇円を免れた
第二 昭和四〇年一〇月一日から同四一年九月三〇日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が一億五、一五三万五、九五四円(内訳は別紙(二)修正損益計算書のとおり)あつたのにもかかわらず、昭和四一年一一月二九日、同都中央区銀座東七丁目五番地所在の所轄日本橋税務署において、同税務署長に対し、所得金額が六、三九六万八、六六一円でこれに対する法人税額が二、二七二万四、六三〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もつて不正の行為により同会社の右事業年度における正規の法人税額五、四二四万八、八六〇円(計算は別紙(三)税額計算書のとおり)と右申告税額との差額三、一五二万四、二三〇円を免れた
ものである。
(証拠の標目)<省略>
(弁護人の主張に対する判断)
第一弁護人の主張
弁護人の主張のうち主なものの要旨は、次のとおりである。
一被告会社は、昭和四三年五月一四日付で日本橋税務署長より昭和三八年一〇月一日から同三九年九月三〇日までの事業年度以降の事業年度の法人税の青色申告書提出承認の取消処分を受けたものであるが、右取消処分は、昭和四八年一一月二八日東京地方裁判所の判決で理由附記の違法があるとして取消され(昭和四九年七月一五日確定)、右に伴ない、昭和四三年一二月二七日付で日本橋税務署長のなした被告会社の昭和三九年一〇月一日から同四〇年九月三〇日までの事業年度分及び昭和四〇年一〇月一日から同四一年九月三〇日までの事業年度分(本件各起訴事業年度分)の法人税に関する各再更正処分(昭和四三年五月一四日付で同税務署長のなした右各事業年度分の各更正処分を含む。)も、昭和四九年一一月一四日付で国税不服審判所長により理由附記を欠く不適法なものとして取消された。従つて、右各更正処分及び再更正処分は始めからなかつたことになるから、右各事業年度の被告会社の納税義務の範囲は被告会社の申告額どおり確定したものであつて、被告会社の右各事業年度分の法人税につき、ほ脱犯の成立する余地はない。
二本件において、検察官が被告会社の脱漏所得であると主張する所得は、すべて被告人李承魯個人の所得であつて被告会社の所得ではなく、従つて、被告会社に法人税ほ脱の事実はない。
すなわち、被告会社は、昭和三五年二月一日、被告人李がそれまで個人で営んでいた金融業を組織変更して設立した会社であるが、被告人李は、右会社設立以後も、会社設立時に所有していた多額の資金(現金、預金、貸付金等合計一億七、八千万円)を会社に引継ぐことなく、依然として個人で所有し、個人で管理、運用していたものであり、被告会社は、被告人李がその個人の資金をもつてする個人の取引(貸付、手形割引等)を仲介し、被告人李から仲介手数料を得ることを主たる業務としていたものである。従つて、検察官が、被告会社の簿外の取引であると主張する貸付、手形割引等はいずれも被告人李個人の取引であり、従つてまた右取引による収益が蓄積された預金もすべて被告人李個人の預金であるから、検察官が被告会社の簿外の収益であると主張する本件の収入利息、預金利息、協力預金謝礼金等はすべて被告人李個人に帰属する収益であつて、被告会社の収益は、前記仲介手数料(これはすべて公表、申告している。)のみにとどまるものである。かりにそうでないとしても、被告会社は、人的にも物的にも被告人李の支配する個人会社であり、会社は単なる形骸にすぎず、会社名義の取引であつても、その結果たる収益を実質的に享受している者は被告人李個人であるから、実質所得者課税の原則に照らし、検察官が被告会社の収益であると主張するものは、すべてその実質的享受者である被告人李個人に帰属するものとみるべきである。
第二当裁判所の判断
一弁護人の主張一について
東京地方裁判所が昭和四八年一一月二八日言渡した判決正本、東京高等裁判所が昭和四九年七月一五日受付けた控訴取下書(写し)、国税不服審判所長作成の裁決書二通(東裁(法)四九第四五〇号及び同第四五一号)(各写し)及び日本橋税務署長作成の法人税額等の更正通知書および加算税の賦課決定通知書四通(各写し)によれば、弁護人主張のとおり、被告会社に関し日本橋税務署長のなした法人税の青色申告書提出承認の取消処分が理由附記の違法により判決で取消され、これに伴ない、同税務署長のなした本件各起訴事業年度分の法人税に関する各更正処分及び再更正処分も理由附記を欠く不適法なものとして国税不服審判所長により取消されたことが認められる。しかしながら、およそ法人税ほ脱犯は、所得金額をことさら過少に記載した内容虚偽の確定申告書を提出してそのまま法定納期限を徒過することによつて直ちに成立し、その後の行政処分の如何によつてその成否に何らの消長を来たすものではないと解するのが相当であるから、現に偽りその他不正の行為によつて正当に納付すべき税額を免れた事実のある以上は、たとえ納税者に対する青色申告書提出承認の取消処分に手続上の過誤があつてこれが取消され、その結果、更正処分そのものが取消される事態を生じようとも、当該ほ脱行為に対しては所定の刑罰が科されて然るべきものと解すべきである。蓋し、法人税ほ脱行為は、その行為時において客観的に存在した租税債務を免れたことによつて成立するものであつて、行政庁の行政処分をまつて始めて成立するものではないから、右更正処分が後日取消されると否とは刑事責任の存否とは直接かかわりがないからである。よつて、この点の弁護人の主張は主張自体失当なものといわざるをえない。
ただ、前記のとおり、青色申告書提出承認の取消処分が取消されているので、昭和四〇年一〇月一日から同四一年九月三〇日までの事業年度における青色申告取消益(貸倒引当金操入)は減額することとする。
二弁護人の主張二について
1 前掲の各証拠によると、被告人李は、昭和二一年ころから大阪市等において金属販売業や貸金業を営んでいたが、昭和二八年ころ上京し、当初は東京都杉並区下高井戸一丁目二一五番地に営業所を置いて貸金業を営み(昭和二九年七月五日東京都知事に対し貸金業の届出)、次いで昭和二九年一二月ころ同都中央区日本橋江戸橋一丁目一一番地明治生命ビル内(被告会社の本店所在地と同じ)に営業所を移転して引続き貸金業を営んでいたところ、昭和三一年一〇月一一日後記累犯前科の罪の刑の執行を受け、昭和三四年三月三〇日仮出獄した後、それまで個人で営んでいた貸金業を会社組織に変更することとし、昭和三五年二月一日、資本金八〇〇万円(全額被告人李の出資)で被告会社を設立してその代表取締役に就任し、個人で貸金業を営んでいた当時の営業所、その什器・備品、従業員等を被告会社に引継いで、直ちに被告会社としての営業を開始するとともに、同月八日付で東京都知事に対し、被告会社が貸金業を開始した旨の貸金業の届出をし、これに伴ない、同日付で同知事に対し、被告人李個人の貸金業を廃止する旨の貸金業廃止の届出(法人組織としたことを理由とする。)をしたこと、なお、被告人李は、昭和三五年五月九日付で大阪府知事に対し、大阪府において個人で貸金業を営む旨の届出をしているが、大阪府において貸金業を営んだ事実はないことがそれぞれ認められる。
2 ところで、前掲の各証拠によると、被告人李は、被告会社設立当時、一億数千万円の営業資金(現金、預金、貸付金等)を所有していたことが明らかであるが、検察官は、右資金は被告会社設立と同時にすべて被告会社に引継がれ、これが被告会社によつて運用された結果本件各収益が生み出されたものであり、従つて本件各所得はすべて被告会社の所得である旨主張し、一方、弁護人は、右資金は被告会社設立後も被告会社に引継がれることなく、依然として被告人李が個人で管理、運用してきたものであり、従つてその運用の成果たる本件各収益はすべて被告人李個人に帰属し、被告会社に帰属するものではない旨主張している。そこで、まず、右各主張の当否を検討することとする。
前掲の各証拠によると、次の事実を認めることができる。
(一) 被告会社は、前記のとおり、その設立と同時に被告人李の個人営業当時の営業所、その什器・備品、従業員等を被告人李から引継ぎ、その当時被告人李が所有していた前記営業資金を使つて営業を開始し、これを継続してきたものであつて、その営業の形態は、外形的には、被告人李の個人当時のそれと全く同じであつたこと、一方、被告人李は、前記のとおり、被告会社を設立してその代表取締役に就任すると同時に、法人組織に変更したことを理由に個人の貸金業廃止の届出をしたもので、以来、本件にいたるまで、被告会社と別に個人で貸金業を営むための人的、物的設備を有したことも、被告人李個人の名において貸付行為等をしたこともなく、また貸金業によつて得た収益について所得税の申告をしたこともなかつたこと(もつとも、被告人李は、昭和四二年五月一〇日付で個人としての所得税の修正申告をし、同年九月二九日付で個人としての貸金業の届出をしているが、右修正申告及び貸金業の届出は、国税局が被告会社の法人税法違反嫌疑事実の内偵を開始し、被告人李がこれを察知した後になされたものであるから、右事実をもつて、本件各所得が被告人李個人の所得であり、本件各事業年度当時被告人李がそのように認識していたことの証左とはなし難い。)
(二) 弁護人が被告人李個人に帰属すると主張する営業資金(以下、便宜、「裏資金」、「裏預金」等という。)は、公表資金と一体となつて、すべて被告会社の営業ルートに乗せられて管理、運用されていたものであること、すなわち、①裏資金につき、被告会社の経理上、これを被告人李個人のものであることを示す経理処理は全くなされていないこと、②裏資金による貸付も、公表資金による貸付と同様、被告会社の従業員が、被告会社の店舗において、その代表取締役である被告人李の指揮・監督を受けて行つていたものであり、その際顧客との間で取りかわされる契約書、領収書等の名義或は担保不動産の登記名義等においても、いずれも被告会社の名義が使われ、右従業員も顧客も、取引の主体は被告会社であると認識していたものであること、③裏預金の入出金も被告会社の従業員が行つていたこと、④裏資金による貸付が行われた場合、期日に完済されれば公表帳簿に載せることはないが、期日に弁済がなく担保権を実行するときには、担保物件について被告会社名義で所有権移転登記等をする必要があるところから、その時点で始めて貸付を行つたこととして貸付を公表帳簿に載せ、これに伴なつて貸付金相当額を公表預金から引出してこれをそのまま裏預金に入金することなどがしばしば行われ(弁護人が主張するように、裏資金による貸付は被告人李個人の貸付であるとすると、前後を通じ、全く同じ性質、内容の貸付金が公表前は被告人李個人の貸付金、公表後は被告会社の貸付金ということにならざるをえないが、これが不自然、不合理であることは明らかである。)、また、公表上の資金で貸付をしたため公表上の資金に不足を生じ、これを補うため架空の収入金をたてて裏預金から金を引き出しこれをそのまま公表預金に入金したことなどもあり、更には、裏資金による貸付の返済金を公表の預金に入れたり、公表資金による貸付の返済金を裏預金に入れたりしたことなどもあつて、裏資金も公表資金も渾然一体となつて被告会社によつて管理、運用されていたものであること、⑤貸付を公表するか裏にするかは顧客の希望等を勘案して被告人李が決定していたこと
(三) 被告人李は、個人営業当時においても、実名の預金のほか、多額の裏預金(架空名義預金)を持つていたものであるが、被告会社設立に際し、右実名預金のみを被告会社の預金として公表し、裏預金(弁護人が被告人李個人の預金であると主張しているもの)についてはこれを被告会社の預金として公表しなかつたものであること、しかしながら、右各預金は、個人営業当時においても被告会社設立後においても、また公表(実名)預金、裏預金の区別なく、すべて等しく貸金業のために使われていたものであること(右事実によれば、右公表預金のみが被告会社の預金であり、裏預金は被告人李個人に留保されているとみるのは不自然であり、むしろ、個人営業当時の実名預金及び裏預金がすべて被告会社に引継がれ、そのまま被告会社の公表預金及び裏預金となつたものとみるのが自然である。)
(四) 協力預金に使われた資金も貸付等本来の営業に使われた資金も全く同一のものであり、特に協力預金のみについて別異の預金が使われたという事実はなかつたこと、被告人李自身、協力預金の謝礼金について、その一部を被告会社の雑収入として被告会社の公表帳簿に載せたことがあること、右公表した協力預金とその他の協力預金との間に何らの差異もないこと
(五) 被告人李は、本件につき検察官の取調を受けるまで、裏資金は被告人李個人のものであり、その運用による所得が被告人李個人に帰属すると主張したことはなく、むしろ、積極的に架空の金主の存在及び裏資金は右金主のものである旨を主張し、そのために、架空人を実在人であるかのように仮装する種々の工作を行つていたものであること
以上の事実を認めることができる。
右2で認定説示した事実に前記1で認定した事実を総合して考えると、被告会社の設立は典型的な法人成であり、その際、被告人李の個人営業当時の営業資金(現金、預金、貸付金等合計一億数千万円)は、全額被告会社に引継がれ、以来被告会社の営業資金として被告会社のために被告会社によつて管理、運用されてきたものであり、従つて、右資金が運用されたことによつて生じた果実(貸付金利息、預金利息等)はいずれも被告会社に帰属し、これが更に被告会社の営業資金に追加されて更に果実を生み、被告会社の営業活動は拡大発展してきたものと認めるのが相当である。本件各収益も、右被告会社の営業活動の結果生み出されたものであるから、いずれも被告会社に帰属するものというべきであり、被告人李もこのことを十分知つていたものと認められる。
なお、被告会社がその設立の際被告人李から引継いだ前記資金は、税務会計上は、簿外の元入金ないし簿外の仮受金の性質を持つものと解されるが、被告人李は、右資金提供に当たり被告会社との間で利息等の約定をしたり、その後において利息等を請求し或はこれを取得した事実はなかつたことが明らかであり、この事実と前記認定の被告人李と被告会社との関係を合わせ考えれば、被告会社には、被告人李に対する右利息等の支払義務はないものというべきである。
3 弁護人は、被告会社は資本金八〇〇万円で営業を開始したものであるから、かかる少額の資本金をもつてしては、検察官主張のようなばく大な利益をあげることは不可能である旨、また被告人李は被告会社に対し金主の関係に立つものである旨それぞれ主張している。しかし、前掲の証拠によれば、被告人李が被告会社の資本金を八〇〇万円としたのは、個人営業当時公表帳簿に載せてあつた資金額に相当する金額をもつて資本金としたからに過ぎないものと認められるところ、前記のとおり、実際には、裏の資金もすべて簿外で被告会社に引継がれているのであるから、弁護人のこの点の主張は理由がない。また、一般に金融業界に存在する金主は、その資金の運用を金融業者に一任し、自らは陰の存在として債務者と直接接触はしないものであるところ、仮に被告人李が金主であるとすると、金主がその資金を利用する金融業者の事務所に常時在住し、その従業員を指揮監督し、更には直接債務者と接触していることになるのであつて、これが通常の金主と異ることは明らかであり、また被告会社の取引は、その九〇パーセント以上が裏取引であるところ、弁護人が主張するように、右裏取引がすべて被告人李の金主としての取引であるとするならば、被告人李は、被告会社の物的設備や従業員等をほとんど被告人李個人の私用のためにのみ使つているということになるのであつて、これが不自然、不合理であることも明らかであつて、これらのことに前記認定の事実をも考え合わせれば、被告人李が被告会社に対し、金主の立場にいたものでないことは明白であるといわねばならない。
また、弁護人は、被告会社は被告人李の支配する個人会社であり、会社は単なる形骸に過ぎず、会社名義の取引であつても、その収益を実質的に享受しているのは被告人李個人であるから、実質所得者課税の原則に照らし、本件各所得は、いずれも被告人李個人に帰属するものと主張している。しかしながら、前掲の証拠によれば、被告会社は、法人として活動するための人的、物的設備を完備し、現に法人として営業活動を行ない、その所得について法人税の申告をしていることが認められるから、被告会社が単なる形骸でないことは明らかである。そして、法人としての実体を備えている以上、たとえそれが個人会社であつたとしても、その活動によつて得た所得は法人自体に帰属することは当然であるから、この点の弁護人の主張も理由がない。
三以上のとおりであつて、弁護人の主張はいずれも理由がない。(なお、弁護人は、以上のほか、本件各収入利息にかかる取引の一部について、その取引の存在及び利率を、また昭和三九年一〇月一日から同四〇年九月三〇日までの事業年度における固定資産売却収入についてその収入をそれぞれ争つているが、いずれも、前掲関係各証拠により検察官主張のとおり認められる。)
((一)累犯前科及び(二)確定裁判)
被告人李は
(一) 昭和二三年八月一七日大阪高等裁判所で窃盗罪により懲役五年に処せられ、昭和三六年三月二九日右刑の執行を受け終つた
(二) 昭和四一年七月二九日東京地方裁判所で預金等に係る不当契約の取締に関する法律違反罪により懲役一〇月及び罰金三〇万円(懲役刑につき三年間執行猶予)に処せられ、右裁判は昭和四五年一〇月二二日確定した
ものであつて、右各事実は前科調書(昭和五二年一〇月六日付)及び判決謄本四通(右前科及び裁判に関するもの)によつてこれを認める。
(法令の適用><省略>
(松本昭徳)